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身近なカメラの記憶で最も古いものは幼少期に父親が首からぶら下げていた茶色い革のハードケースに入ったフィルムカメラだ。
どこのメーカーのカメラだったか記憶に無い。
父親が大事にしていたカメラのようで触らせてもらった記憶はなく、もっぱら被写体としてこのカメラに関わっていた気がする。
その後、我が家にはいつの間にかオリンパス・ペンがあった。
ウィキペディア「オリンパス・ペン」
おそらく、このページにある「ペンEES」というモデルではないかと思う。
柔らかな黒い革のケースに入っていたのを記憶している。
父親のセカンドカメラだったのか、それほど大切にされていた印象はなく、蓋を開けてフィルムの装填をしたり、写真を取らせてもらった記憶がある。
叔父が写真屋さんをしていたこともあり、フィルムを持っていけば容易にプリントしてもらうことができたが、それでも今どきのデジカメに比べれば写真を撮った時のワクワクやドキドキはプリントを手にする頃にはだいぶ薄れていた気がする。
初めて自分のカメラを親から買ってもらったのはヤシカのエレクトロ35シリーズのどれかだった。
ウィキペディア「ヤシカ」
ブラックボディーが格好良く、「ろうそく1本の灯りでも写せる」というテレビCMに惹かれてどうしても欲しくなり、オネダリにおねだりを重ねて買ってもらった記憶がある。
小さい頃は結構カメラ小僧だった気がする。
ヤシカの黒いカメラを首からぶら下げて一人で松本城へ出かけてお城の写真を撮ったりしたものだが、その頃のフィルムもプリントもう残っていない。
今あのオリンパス・ペンやヤシカのカメラが手元に残っていたら良かったのにと思う。
フィルムを巻き上げる操作音とレリーズボタンを押してカシャッとシャッターが切れる音をニヤニヤして聞きながら旨いバーボンでも舐めていられたのにと思う。
現像、プリントの手間に加えてフィルムやプリントの保管も大いに気を使う必要があったけれど緊張感を持ってカメラを構えたあの頃がちょっと懐かしい。
どこのメーカーのカメラだったか記憶に無い。
父親が大事にしていたカメラのようで触らせてもらった記憶はなく、もっぱら被写体としてこのカメラに関わっていた気がする。
その後、我が家にはいつの間にかオリンパス・ペンがあった。
ウィキペディア「オリンパス・ペン」
おそらく、このページにある「ペンEES」というモデルではないかと思う。
柔らかな黒い革のケースに入っていたのを記憶している。
父親のセカンドカメラだったのか、それほど大切にされていた印象はなく、蓋を開けてフィルムの装填をしたり、写真を取らせてもらった記憶がある。
叔父が写真屋さんをしていたこともあり、フィルムを持っていけば容易にプリントしてもらうことができたが、それでも今どきのデジカメに比べれば写真を撮った時のワクワクやドキドキはプリントを手にする頃にはだいぶ薄れていた気がする。
初めて自分のカメラを親から買ってもらったのはヤシカのエレクトロ35シリーズのどれかだった。
ウィキペディア「ヤシカ」
ブラックボディーが格好良く、「ろうそく1本の灯りでも写せる」というテレビCMに惹かれてどうしても欲しくなり、オネダリにおねだりを重ねて買ってもらった記憶がある。
小さい頃は結構カメラ小僧だった気がする。
ヤシカの黒いカメラを首からぶら下げて一人で松本城へ出かけてお城の写真を撮ったりしたものだが、その頃のフィルムもプリントもう残っていない。
今あのオリンパス・ペンやヤシカのカメラが手元に残っていたら良かったのにと思う。
フィルムを巻き上げる操作音とレリーズボタンを押してカシャッとシャッターが切れる音をニヤニヤして聞きながら旨いバーボンでも舐めていられたのにと思う。
現像、プリントの手間に加えてフィルムやプリントの保管も大いに気を使う必要があったけれど緊張感を持ってカメラを構えたあの頃がちょっと懐かしい。










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